荻崎正広短編小説集 『果ての、始まりへ』
(第11回作品) 交合する声の果て
桐岡(きりおか)は歩いて行った。どこまでも歩けそうな気がした。それでいて、すぐ先で引き返すかもしれなかった。休むことも歩くことの一部だった。逆に、歩くことも休むことの一部だった。百歳を越えても、もしかすると、百十歳を越えても同じように歩くだろう。いつも何の根拠もなくそう思った。 左手に建つ家の庭に置かれた椅子(いす)に、男が一人腰を下ろしていた。当然だが、似た情景は、長い歳月の中、数限りなく眼にしていた。四十代ほどに見えた。桐岡に眼を注(そそ)いでいた。「年相応に歩き疲れたのかなと思ったが、そうでもないな。どこまでも歩いて行ってしまいそうに見える・・・」男の声が届いた。どこか別の所で発せられた音声が流れてきたようにも聞こえた。それにもかかわらず、男の眼は桐岡から離れなかった。「このまま、どこまでも歩いて行くと、引き返せなくなってしまうかな・・・」男の眼のもう一つ向こうへ届かすふうに桐岡は声を返した。「引き返せなくなったら、そこからどこへ行く・・・」男の声は、独り言めいている風(ふう)ではなかった。ひんやりしているのでもないが、取り立てて、桐岡を気遣(きづか)っているという感でもなかった。「後(あと)何十年やり続けたら、今言葉を交わしている高齢の人と同じような感じに達するか・・・そこまで俺の軀(からだ)は持つかどうか・・・」男の声は、どこへなのか、桐岡を越えたもう一つ向こうに言葉を投げているふうな、少しずつ自失という感を伴っていた。にもかかわらず、声自体はくっ…
