巨大映像で迫る五大絵師―北斎・広重・宗達・光琳・若冲の世界ーと名付けられた展覧会を二度見た。A,Bの二種類の展示があり、私(荻崎)が見たのは、ともにBプログラムだった。
(見た日は、2021.8.4(水)と8.18(水))(会場は大手町三井ホール)。(ちなみに、私は70歳以上ということで、二度とも無料で入場でき、ありがたかった)
デジタル化されたそれぞれの作品を、広大な映像の画面として鑑賞するという、私にとってはまず初めての経験だった。(何年か前、別の会場で、宗達だったか、光琳だったかの、もう少し小規模のデジタル映像を見た記憶はあるが・・・)
映し出される作品自体は、画集や通常の展覧会その他ですでに見たことのある作品が多かったが。
今回、私が最も強く惹(ひ)かれたのは、『鞍馬・厳島図屏風』(くらま・いつくしまずびょうぶ)(作者不詳 紙本著色 六曲一双 各154.5×359.6cm 江戸時代初期 17世紀 収蔵:岡田美術館)だった。初めて見た、知った作品だった。恐らく刊行されている画集などにも載っていないのではと思う。
取り分け、右隻(うせき)の「鞍馬図」が良かった。左一番上の画像はその「鞍馬図」から撮ったもの。当日、会場で販売していた図録から撮った。(手持ちの小さなデジタルカメラで拡大して撮ったが、かろうじて見えるかというところか・・・)(画像は全体の中のごく一部)。
(ちなみに、同展では、後半部で、映像を自由に撮影できる時間が設定されていた。私も上記のカメラやスマホで、動画も含め撮ったものの、不慣れなこともあり、残念ながらこれという画像は撮れてはいなかった・・・)
この画像には、褌姿の男たちが、天秤(てんびん)を担(かつ)いでいる男(真ん中のやや上部)を始め、何とかわかる範囲で五人描かれている。京都鞍馬の祭礼か何かの場面か、着飾った男女を交えてにぎわいの最中。
描かれた江戸時代の初期の男たち(題から、多くは京都やその近郊に住んでいると思われる)のおおよその尻の形が、それなりに推測できるような気もする。恐らく、この作品の作者は、現実の男たちの尻の形をさほど変形することなく描いているのではないか。総じて両の尻たぶ(臀筋)(でんきん)が丸みを帯び、やや下がり気味の感を受ける。ただ、作中に描かれている、天秤や荷物を運ぶ男たちの尻は、日々の労働もあり、肉自体は相応に締まっているに違いない。
話がそれるが、もう12年ほど以前の2009年の10月、「鞍馬の火祭」を見るために私は当地を訪れた。この祭りは、平安時代に起源があるほどの長い歴史があるようだ。男たちの裸を際立(きわだ)たせる、一見さりげないようでいて、工夫の凝(こ)らされた独特の衣装をまとった中で、男たちの尻や裸があふれていた。三十代位に見える一人の男に私は強く惹(ひ)かれた。ただ、忙しそうにしていることもあり(確か、子供もそばにいたか)、話しかける機会はなかった。後ろ姿は写真に収めることはできたものの、正面を撮ることはできなかった。おそらく、毎秋、祭りのたびに、同じ出で立ちで、参加しているだろうと思う。
彼を始めこの祭りに加わっていた男たちは、鞍馬の地に関わる者たちとして、上記「鞍馬図」に描かれた男たちと同じ裸や尻を、なにがしか受け継いでいるのではないか・・・。今、私はそんな思いがする。(この日撮った画像を一枚載せたかったが、残念ながら、ふさわしいものが見つからなかった)
左二段目の画像は、左隻(させき)の「厳島図」の中の一部。安芸(あき)の国の厳島(宮島)の光景。
この画像は、上記「五大絵師」の中のサイトの、動画の中の一場面を、上記のカメラで撮った。この動画の中では、岡田美術館の学芸員、小林優子氏がこの展覧会用に作成された『鞍馬・厳島図屏風』の小さい複製品を手にしながら解説している。
(岡田美術館に電話で問い合わせたところ、この複製品は、本展のために作成されたとのこと。販売はされていないとのことだ。ちなみに、岡田美術館(所在地は箱根・小涌谷)では、当屛風が、この10月2日から、来年2月27日まで展示されるという)
ただ、実作品を前にして、果たして男たちの尻の形がよく見えるかどうかは不明だ・・・。また、当美術館のサイトには、展示作品の写真撮影は不許可と記されている。
(なお、本ブログのこの個所(かしょ)を書くために、上記の動画をもう一度確認しようとしたが、本展覧会の会期が既に終了しているため、このサイトは削除されたのだろう、(会期は9月9日(木)まで)、見当たらなかった)
左二段目の画像の中には、天秤を両手に持った褌姿の男の向こう向きの姿が描かれている。上記の「鞍馬図」の中の男たちの尻の形とほぼ似ているものの、やや量感に富んでいる気がする。日々の仕事のおかげか、尻は相応に締まり、盛り上がっているようだ。私には、なかなか味のある旨(うま)そうな尻に見える・・・。肉自体は柔らかそうでいて、両手に力を込めて挟(はさ)むと、弾(はじ)き返すような力もありそうだ。改めて、江戸時代の日本の男たちの尻がいとおしくなる。
また、厳島らしく何頭かの鹿もいる。
改めて思うのは、例えば江戸時代の日本の男たちの、取り分け、労働する者たちの多くは、人前で自身の裸の尻をさらすことに、ほとんど抵抗感を持っていなかったのではないかということだ。(見る側も同じだったのではないか)。今回の展覧会で五大絵師として登場している、葛飾北斎や歌川広重の作品からも、同様な感想を私は持つ。ただ、見られることは気にならないが、じかに触(さわ)られることに対してはどうだったか・・・。これも、さほど気にしなかったかもしれないなと一方では思うものの(無論、場合にも、相手にも、触り方にもよるだろうが)、果たして実際はどうだったか・・・。
葛飾北斎(かつしか・ほくさい)と歌川広重(うたがわ・ひろしげ)については、当ブログ「日本の男たちの尻をさかのぼるーその蕩(とろ)けと安らぎ《補遺》」や「同(その2)江戸時代の絵画の中の、吸い寄せられる尻 (前半)広重作品の中の尻」などですでに取り上げていることもあり、今回は触れないことにした。(参照していただけたらと思う)
1年ほど前になるが、2020年の9月下旬、東京ステーションギャラリーで、「もう一つの江戸絵画 大津絵」展を見た。ちなみに、チケットは事前購入制だった。当日購入した図録の説明によると、大津絵(おおつえ)は江戸時代初期、17世紀半ばころから東海道の大津(近江(おうみ)の国)周辺、おもに追分(おいわけ)と大谷(おおたに)界隈(かいわい)で量産された、旅人相手の安価なみやげ物だったとのこと。(追分と大谷は現在は大津市に属しているようだ。また、広辞苑(岩波書店)には、三井寺辺でも売られていたと書かれている)
ただ、江戸時代末期には、衰退したようだ。また、当初は仏画が中心だったが、戯画や風刺画、更に護符(ごふ・・・まもりふだ)としての役割を果たすものまで、多様になったとのこと。
上記の図録に、「もっぱら実用的な目的に使われたためか、あるいは安価ゆえに粗末にされたためか、失われたものが多く、殊に古い大津絵で残っているものは限られている。江戸時代に同じ民衆絵画として流行した浮世絵が、主として鑑賞目的で購入され、それが故にコレクションの対象となり、多くの作例が残されたのと対照的である」(P.8)(冨田 章)という指摘がある。
左三段目の画像は、『提灯釣鐘(ちょうちんつりがね』(縦50.3×横20.3cm)(日本民芸館蔵)。(ちなみに、この作品と五段目の作品は掛け軸。四段目の作品も同じだと思われる)。上記の図録(P.36)から撮った。図録の説明によると、「猿の性格を見事に捕らへて表現した一図」と柳宗悦(やなぎ・そうえつ)(1889~1961)が評した大津絵の傑作の一つとのこと。(広辞苑では名は「むねよし」と書かれている。どちらも用いられたのだろうと思う。また、彼は日本民芸館を設立したとのことだ)
画像を見ると、顔は確かに猿ふうだが、しなやかそうな四肢は人間の男に見える。両者を溶かし込んで表現したのかもしれない。私の目には腰から下の下肢が色っぽい。顔も愛嬌がある。私はもともと猿顔(どちらかというと丸顔の)に色気を覚えることが割とある。
左四段目の画像は、『奴(やっこ)の行水(ぎょうずい)』(縦57.4×横23.1cm)(日本民芸館蔵)。図録(P.85)。図録の説明では、「背をこちらに向け、たらいに入り行水する奴。背中を流す手ぬぐいは途中から色差しを忘れられたかのようだ。背中の斑点は灸の後か。頭頂を手前に見せ、奴の表情は描かれないが、気分よく行水していることだろう。上に褌と思われる白布が翻る。大変珍しい画題で、柳宗悦によれば、ほかにほとんど類例がないという」と書かれている。
何と言っても、量感のある丸みを帯びた尻がいい(ことに右側)。恐らく見た目以上に張りもあって、うっかり触ると両手を弾(はじ)き返すほどでいて、反面、しっとりと吸い寄せそうだ。なんとも旨(うま)そうな尻だ。
あまりていねいには描かれていないものの、全身の、太めで骨太の様(さま)も伝わってくる。丸い頭も、体つきと似合って味がある。頭上に褌まで添えられ、目配りが行き届いている。
そうした人物(神)設定はともかく、私には、なんと言っても、褌をしめた上の人物(神)の丸く盛り上がった尻が面白い。四段目の人物の尻ほどの量感や充実感(重み)はないが、なかなか味のある尻だ。見た目以上に締まりと奥深さがあるかもしれない。
総じて大津絵は、例えば尻の描き方を見ると、左一段目と二段目の屏風や上記の浮世絵などと比べた場合、正確な写実などの点では見劣りがするのは否めない。総じて、さほど時間もかけず、大雑把な描き方のようだ。ただ、それが持ち味になって、独特の色気を生んでいるとも私には思える。
買い手である旅人などの好みも反映しているのではないか。あるいは買い手の側から、こういう尻を描いてくれという注文もあったかもしれない。
街中などに、男たちの裸の尻がありふれて見られる中で、江戸期の人々の、男たちの裸の尻を見る目も肥えていったのではないか。当然ながら、そうした尻をどういう眼で見、何を感じたかは、一様ではなかっただろうが・・・。
多くの人々の視線を受け止め、晒(さら)される中で、日本の男たちの尻自体の味わいはおのずから濃(こま)やかになっていったかもしれない、と私は思う。その尻たちが(大事なその外形や質感も含め)、歴史を経る中で、21世紀の今どのようになっているのか、なっていくのか、(無論、尻だけに限っているわけではないが(!))、自分自身の目と手と体で探し確かめるしかないに違いない。私の残りの生涯の極みまでかけて・・・。
(付記)
1年8カ月ほども以前に書いた同じタイトルの《補遺》の続きということで、《補遺2》としました。
相も変わらず、すっかり間延びしてしまいました。懲(こ)りずに読んでいただけたらうれしく思います。
今の新型コロナ禍が、少しでも早く収束することを願って。
なお、上記岡田美術館では、ホームページを改めて見たところ、上記の期間、「サムライの美と世界」という展示が行われるようだ。
ただ、「展示作品の一部紹介」というページには、『鞍馬・厳島図屏風』は載っていない。
当美術館を訪れてこの作品も観たい場合は、写真撮影なども含め、あらかじめ当館に電話などで問い合わせた方がいいようだ。
(2021.10.4)
この記事へのコメント
遠方
いい男の尻興奮します。
男の尻の話、また拝見させてください。
季節の変わり目ご自愛ください。
荻崎正広
コメントありがとうございます。
いつものことですが、すっかり間が空いてしまいました。
これからも、男の尻について、書こうと考えています。
それだけという訳ではありませんが(!)
お元気で。
仲村新治
男性ヌードの歴史を調べていたら、ここに辿り着きました。
(^^)
色々と勉強になります。
荻崎正広
コメントありがとうございます。
機会がありましたら、撮影したものを見せてください。
撮影、続けられることを願っています。
仲村新治
名前をクリックすると、ブログに飛ぶようになっております。
良かったら、お越しください。
(^^)
荻崎正広
画像を拝見すると、様々な角度から意欲的に撮影している感が伝わってきます。
更に追及してください。
仲村新治
今はコロナ禍で思うように撮影が出来ませんが、少しずつ撮影を再開していけたら…と思っております。
過激な撮影が多いですが、作品として見ていただけたら幸いです。
11月12月と撮影予定が入っておりますので、頑張ってきます。
荻崎正広
コメントありがとうございます。
新たな画像を楽しみにしています。