荻崎正広短編小説集 『果ての、始まりへ』

(第2回作品) 風が吹く裸

 前方の右側に、さほど広いとは見えなかったが、木々が茂る公園風な場所が見えた。男は立ち止まることなく、その公園の中に入っていった。来慣れている場所にも見えた。男は四十代程(ほど)だった。
 桐岡(きりおか)は一時(いっとき)立ち止まってから、男の歩いて行く方向に少し歩度を落として進んだ。まばらながら人影があった。右手の、木々が一段と濃く茂っている辺りに男は入っていった。細い道が通じている先に、狭いが三角形に見える空き地があり、木のベンチが二脚置かれていた。男は左側に置かれたベンチに腰を下ろした。辺りに人影はなかった。
「俺をしゃぶりたくて、後(あと)を付けて来たんだろう・・・」取り立てて桐岡の方に眼を向ける風でもなく男は言った。咎(とが)める口調ではなく、声も小さめだった。桐岡はすぐさま男に近づくと、男の前にしゃがみ、両手を男の腰に回し、口をズボン越しに男の男根の位置に押し当ててから、男の眼を真っ直ぐ見上げた。
「爺(じい)さんの割には元気だな・・・」男は桐岡の眼の中に言葉を落とした。
桐岡は男のベルトを緩めてズボンを膝までずり下げ、男根と尻が剝(む)き出しになる恰好(かっこう)にしてから、両手を男の両の尻たぶに回し、男根を深々と頬(ほお)張った。男の尻に直(じか)に手を置きながら、最初の尺八をしたかった。何日か前、後(あと)を付けて入った別の男の部屋で交合した時の最初の方の映像と、今の眼前の情景が自然に重なった。口や手に当たる肉の弾(はじ)き返すような感触に通じるものがあった。口腔(こうこう)、舌、唇、両の掌(てのひら)、指が、男の生きのいい前と後ろの肉にしっとりやや強めに絡んだ。
「これほどの尺八は初めてだ。長い年月をかけて技(わざ)を磨いたな・・・」
男は桐岡の頭に両手を置き、男根に深々と押し付けたり、緩めたりしながら、そう口にした。桐岡は尺八を続けながら、男のズボンを更にずり下げ、男の両足から脱ぎ取った。「片足をここに乗せて」と男に言い、男の右足をベンチの上に載せる恰好(かっこう)にした。男は桐岡が何をしたがっているかを察し、しゃがんだ桐岡の眼前に、剝(む)き出しになった尻をぐいと突き出した。
「わっ」と抑えた声を出し、桐岡は両手で思い切り男の両の尻たぶを開き、露(あら)わになった尻の芯に舌をぴたっと押し当てた。
 さっきも浮かんだが、何日か前、五十代だと語った男の部屋で、その男が造ったこれに似た姿態の映像が、桐岡自身が予想した以上に、濃く浮かび上がった。それが手伝い、今、現に押し当てている尻の内側の肉が一段旨(うま)みを増した。その旨みをもっと欲しがり、桐岡の舌先は一層深くもぐりこんだ。
「そんなに旨いか・・・」静かな声が男の口から流れ落ちた。その声が周囲の木々の枝から離れる葉に似ているなと、一心に舐めつつ桐岡は思った。
「おまえの尻(けつ)の穴の舐め方は極上(ごくじょう)品だ。尺八も飛び切りの一級品だが、濃(こま)やかさが一段と加わっている・・・」男の声は、何枚かの木の葉が同時に枝を離れるのに似て、更に淡々と響いた。その声に促されて、桐岡の舌先は尻の内側の肉をしっとり絡め取りながら、じわりと更に奥に届いた。
「もっと奥まで舐めやすい恰好を作ってやる・・・」男はそう言うと、自らズボンとトランクスを脱ぎ取りベンチに掛けると、靴は履いたままベンチの端で仰向けになり、両手で両足を抱え、丸ごとぐいと尻を晒(さら)した。しゃがんだ桐岡の口元の辺りと男の尻のわずかな間を、風が一吹き二吹き流れるのを桐岡は感じ取った。芯の奥を中心に男の尻が一新されたと感じられた。
 何かしら厳(おごそ)かで自身の総身も清新になるのを感じながら、桐岡は両手で尻の芯を存分に開き、舌と唇の多くの面をぴたりと押し当てた。とろとろしながらきりっと締まった分厚い味わいが、静かに押し寄せた。これを越える味わいを持った男の尻をこの先、手に入れることができるのかという思いが、舌先を流れると、味わいが一層深みとこくを増した。それに煽(あお)られ、桐岡の舌が更にじわり奥に届いた。周りの木々の間を流れているよりもう一段澄んだ風が、男の軀の中を流れ、繋(つな)がった桐岡の軀にも流れた。こんなに澄み切った風に、この先何度吹かれることができるのかなという思念が桐岡の舌先に押し寄せ、舌は更に一層男の奥に潜(もぐ)った。その舌先からも真新しい風が生まれ、男と桐岡の軀の隅々まで吹き渡る、そんな感覚にそそのかされて、桐岡の眼が薄っすら涙で滲(にじ)んだ。
「おまえに舐めさせていると、軀じゅうが澄み切っていく・・・」そう口にしてから、男は軀を一転させ、うつ伏せになり、ベンチの端で尻をぐいと突き上げてから、「この恰好でも舐めたいんだろう・・・」と口にした。その声に誘われて、風がまた一吹き流れた。男が体勢を変えたことで、舌と尻の内の触れる肉が細やかに変わった。再び薄っすらにじんだ桐岡の目元を新たに風が流れた。風が吹くままに舐めていればいい。風に流されるままにいれば、いつでもこの男の尻にたどり着くことができる・・・。風はこの男の尻の奥処(おくが)から生じ、繋がった二つの軀の中を吹き放題だった。辺りに木の葉が一段と舞っていた。
「おまえは放っておくと延々と舐め続けるな・・・今日は尻(けつ)はこのくらいにしておけ・・・後は手と口で行かせろ」
男はそう言いながら、軀を再び一転させ、ベンチの端(はし)で半身を仰向けにし、両足は地面に置いた。一層太々しくなった男根が下腹に触れんばかりに反り返っていた。
 桐岡は眼前の男根をもっと深くもっと深くと喉元まで誘い込めば込むほど、何日か前に交合した男の住む建物があれから見当たらなくなったと同じように、今度はこの公園を見つけられなくなるのかなという思いに駆り立てられた。「おおうっ」と男の口から切羽詰まったような声が流れた。ベンチの上を風が走り、木の葉が何枚か後を追った。二人の足元にも黄土色の木の葉が落ちた。風の流れに沿うように、桐岡は男の男根に濃(こま)やかに右手を絡(から)めた。
「いくぞ・・・」という男の声は、芯の強い風の音を思わせた。

 公園の出入り口まで一緒に歩いてから、男は去って行った。去り際に、「いつか俺を見かけたら、また後を付けてもいいぞ」と淡々と男は言った。風が男の後を追って、一吹き流れた。(了)


(付記)
前回、第一回の付記でも書きましたが、もともとは長い作品の一部ですが、単独の作品として読んでいただけたらと思います。
語り手(主人公)の名前は、今回以降も、同じ桐岡(きりおか)になると思います。
感想などお寄せいただけたら幸いです。
(荻崎)
(2025.6.30)






 

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