荻崎正広短編小説集『果ての、始まりへ』

(第5回作品)  技(わざ)も風の中に流れていく

 風が少し強まった。日も陰ってきた。気温は低めだったが、まずまずしのぎやすかった。
桐岡(きりおか)は左手の高い木の元に置かれた木のベンチに腰を下ろした。座って休むことができる、多くは木製のものが数多く置かれているのは、この街の過ごしやすさの一つだった。かなり長い時間、桐岡は茫(ぼう)と座っていた。飽きなかった。時折、男たちが通った。眼は合うこともあり、合わないこともあった。
「日が沈みかけている・・・」高齢の男が近づいてきて、そう口にした。桐岡と同じ八十代ほどに見えたが、何歳か上かもしれなかった。老いが、衰(おとろ)えを上回る渋みとなっている顔立ちだった。
「最初は尺八がいいか・・・」
男は《日が沈みかけている》と初めに話しかけてきたのとそっくり同じ口調で言い、桐岡の正面に立ち、下腹を突き出した。やや強めに風が吹き抜けた。桐岡はすぐさま男の男根を取り出し、一気に喉元(のどもと)近くまで頬張(ほおば)った。
「尺八の腕前は飛び切りだと、一目でわかった・・・」男はそう言いながら、桐岡の頭に回した両手を支えにし、男根を中心に、自身の下腹を存分に差し込み、荒々しさも交えながら、思うがままに動かした。
「俺の魔羅(まら)を蕩(とろ)かす、年期の入ったいい口だ・・・俺の専用の口にしてもいいくらいだ・・・褒美(ほうび)に尻(けつ)の穴もたっぷり舐めさせてやる・・・」
 男はそう言うと、ズボンや下着を一気に下ろし、ベンチの端に両手を突き、張りも厚みも、これと言って老いの表れていない尻を、思い切りよく突き出した。桐岡はすぐさま、その中心にぴたりと吸い付いてから、尖(とが)らせた舌先を先頭に、奥へもっと奥へ、じわじわ極みまでもぐり込んだ。奥まるほど、旨(うま)みの褒賞(ほうしょう)は大きかった。襞(ひだ)という襞を残す隈(くま)なく舐め取り味わうことで、一時(いっとき)、また一時と、時間がいつもより濃く流れるのも感じ取った。
 日が更に傾き、風が少し強まり、やや冷えた。
「互いに充分年を取っているが、どこかでまた会うかも知れないな・・・」
男はそう言って、去っていった。
男は振り向くことはなかったが、桐岡は男の後姿を眼で追った。眼で追うことで、味わったばかりの男の男根と、尻の外と中の分厚い旨(うま)みを、自身のうちに、もう一度、更にもう一度、じっくり染み込ませることができた。

 桐岡はまた歩いて行った。今日はこのくらいで終わりにしようかな、という思いを長引かせること自体を半分楽しみながら歩いた。自身の家のあるはずの方向に歩いても、別の方に歩いてもよかった。そのどっちでもない道があるなら、その道でもよかった。
 道の右手に生えた大きな木の根元近くに、男が一人立っていた。桐岡より一回りも二回りも若かった。しばらく眼が合ったままだった。
「長い積み重ねが眼と尻に一番表れている・・・」男は桐岡にそう声を投げた。「この木に両手を置いて、尻を思い切り突き出してくれ・・・」男は静かな声で続けた。ためらうことは何もなかった。桐岡はそのとおりにした。桐岡と相手の男との交合の形が、ついさっきとは正反対になったことが、桐岡には面白かった。この相手の男は、さっきの光景は、おそらく、眼にしていないに違いなかった。見ていたら、一言(ひとこと)、二言(ふたこと)、多分、口にしただろう。ただ、仮に見られていたとしても、桐岡には何の支障もなかった。相手の男にしてもきっと同じだっただろう。
 男は桐岡からズボンと下着を手早く脱がし取るや、桐岡の両の尻たぶを思い切りよく開き、尻の芯にぴたり吸い付いた。
一時(いっとき)間(ま)を置き、男の舌先がじわじわ潜(もぐ)り込みながら這(は)いまわり、また少し奥に、更に奥にと潜り這いまわった。男の舌の動きの精細さと、桐岡の尻の内側の肉の、壁と襞(ひだ)の張りのあるやわらかさが、申し分なく蕩(とろ)け合っていた。
 もしも、さっき桐岡が交わった高齢の男が、この男と桐岡に、自身の尻の穴の舐め比べをさせたら、間違いなくこの男の方が数段上だ、と言ったと思う。そのくらいこの男の技(わざ)は長(た)けていた。これほどの技をどこでどのようにして身につけたのか、精妙に熟達しつつ、しかも初々(ういうい)しさがあった。
「一度では惜しいから、次に、更に次に、取っておきたいくらいだ、この舌は・・・」と、桐岡の真率な声が流れ落ちた。
 風がまた強まり、日が沈んでいた。
男はふっと立ち上がると、「いつかまたこの木の下にいるかもしれない・・・」という声を残し、振り返ることなく去っていった。桐岡は男の後姿に茫(ぼう)と眼をやってから、男とは違う方向に歩いて行った。男の舌の感触が、濃くなったり薄くなったりしながら、長く保たれた。
 この先もっと生き延びれば、あれを越える舌や技(わざ)との出合いがあるだろうか・・・。いつか桐岡自身の舌がそうなっているかどうか。ともかく、生き延びるさ。改めて自身に告げた。今までも、そうやって生き続けてきた・・・。
 風はやや弱まった。桐岡はまた歩いて行った。 (了)

(付記)
今回は、すべて野外での場面です。
主人公(語り手)の桐岡(きりおか)が、交合を進める側と、相手の技(わざ)を受けとめる側の、両方を、短時間の中で行う形になりました。
「自己紹介(Self-Introduction)」のページにも書きましたが、この(2025年)8月で、私(荻崎)は80歳になりました。
この小説の主人公桐岡と同じ80代ということになります・・・。
(荻崎)
(2025.9.5)








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