(第8回作品) 男は、塀(へい)に両手を付いた
桐岡(きりおか)はまた歩いて行った。道は広めになった。
さっきはあれから、ベンチの上で向こう向きで思い切り突き出された男の尻を、奥の更に奥まで舐めまくった。「この形の俺の尻(けつ)が・・・一番旨(うま)いのか・・・」三十六歳だと言った男のその声は、男の尻が直(じか)に発している風(ふう)にも流れた。
それから、男はベンチに座ったまま、かなり長い間、茫(ぼう)っとしていた。
「生きている間に、またどこかで会うかもしれないな・・・俺はもう八十を越えているけれど・・・」そう伝えて、桐岡はその男と別れた。記憶に残っているその男の声の方が、直(じか)に聞いた時の声より、濃く伝わってくると桐岡は思った。
水の流れる音がした。その音は、たまにしか聞かないようにも、頻繁(ひんぱん)に耳にするようにも思えた。改めて水の音を耳に入れると、この先まだ十年はおろか、二十年も、ひょっとすると三十年先まで男たちと交合を続けられそうに感じられた。度を越えた妄念が、ひときわ冴(さ)え冴えと桐岡を包んだ。
桐岡は歩いて行った。まだ陽(ひ)はかなり高い位置から射していた。さほど数が多いというほどではなかったが、様々な年齢の男たちが、歩いたり、ベンチに腰を下ろしたり、家々の庭やベランダに、座ったり立ったりしていた。裸に近い男たちもそう珍しくはなかった。見慣れた光景だった。
「年を取るほど切りもなくやりたくなる、顔と眼がそう言っている・・・」
道の右手の木製の塀(へい)の近くに立っていた男から声がかかった。「遊んだばかりだとも顔に書いてある・・・」男はそう続けた。
桐岡の眼には、五十前後に見えた。
「壮年の盛りこそいくらやりまくってもまだ足りない、眼にそう書いてある・・・」桐岡は歩を緩(ゆる)めて言葉を返した。
「今日はもうやり切ったのかな、最後にもう一人だけ、四十も終わりに近い男とやってもいいと思ったかな・・・」
男は、陽射しが陰ってきた、風が収まってきた、と言うのと同じ口調で言った。
「もう一人だけやりたいな・・・」そう返した桐岡の口調は男よりもっと静かになった。
「塀(へい)に眼が行ったな・・・塀に両手を付いて、思い切り突き出された俺の尻(けつ)の穴の一番奥を、よし、と言われるまで、じっくり舐めまくりたい・・・ぴたり当たっただろう・・・」男の声は独り言めいていた。桐岡は眼で頷(うなづ)いた。
男は下半身に穿(は)いていたものを、全部あっさり脱ぎ取り、近くに伸びていた木の枝に掛けると、自身の言葉のとおり、塀に両手を付き、これが極みというところまで尻を突き出し、頭をぐいと上げた。壮年の盛りの、渋みの加わった下半身は、尻にしろ太股(ふともも)にしろ、量感も質感も、やや色白の肌合いも含め、桐岡の予測を文句なく上回っていた。
さっき味わったばかりの、三十半ばの男のそれらに比べ、瑞瑞(みずみず)しい張りはやや薄れている分、中味の濃い肉が厚くびっしり行き渡っている、と見えた。尻全体の形が、桐岡の好みを知っていたかのように四角ぽく張っているのを、真っ先に見て取っていた。長く生きてきても、そう楽(らく)には有り付けない、再上質の尻の一つだった。塀がそれら全部を一段と際立(きわだ)たせていた。
桐岡はその尻の真後ろで中腰になると、入念な手つきで両の尻たぶをじっくり開き、開き切る手前で止め、潜(もぐ)らせた舌先をじわじわ沈めていった。潜り込めない舌の後方も含め、舌全体がその行為に耽(ふけ)った。
「間違いなく、俺が今までにやらせた中で、最上の舌遣(づか)いだ。直ぐに分かった・・・」男の口調には何の高ぶりもなく、むしろ沈んでいた。
桐岡の舌の動きは、海の波が岸辺に繰り返し打ち寄せるのにも似ていた。男は波に任せきっていた。波は到底数えきれないくらい寄せては返した。時間が波の動きと一つに溶けて、過ぎていった。
男は、塀に背中を当てる恰好で立っていた。下半身に衣類をはいていた。桐岡の姿は見当たらなかった。立ち去る時、桐岡が何か口にするのを聞いた気がしたが、確かな記憶はなかった。(了)
(付記)
今年(2025年)の最後の回になると思います。
毎回、似たり寄ったりの中味だなという声も聞こえてきそうですが・・・。
微妙に異なるはずなのを読んでいただけたらと、作者は居直っているようです。
来年に入っても、まだ何回か続くはずです。よろしくお願いします。
(2025.12.23)
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