荻崎正広短編小説集『果ての、始まりへ』

(第5回作品)  技(わざ)も風の中に流れていく  風が少し強まった。日も陰ってきた。気温は低めだったが、まずまずしのぎやすかった。桐岡(きりおか)は左手の高い木の元に置かれた木のベンチに腰を下ろした。座って休むことができる、多くは木製のものが数多く置かれているのは、この街の過ごしやすさの一つだった。かなり長い時間、桐岡は茫(ぼう)と座っていた。飽きなかった。時折、男たちが通った。眼は合うこともあり、合わないこともあった。「日が沈みかけている・・・」高齢の男が近づいてきて、そう口にした。桐岡と同じ八十代ほどに見えたが、何歳か上かもしれなかった。老いが、衰(おとろ)えを上回る渋みとなっている顔立ちだった。「最初は尺八がいいか・・・」男は《日が沈みかけている》と初めに話しかけてきたのとそっくり同じ口調で言い、桐岡の正面に立ち、下腹を突き出した。やや強めに風が吹き抜けた。桐岡はすぐさま男の男根を取り出し、一気に喉元(のどもと)近くまで頬張(ほおば)った。「尺八の腕前は飛び切りだと、一目でわかった・・・」男はそう言いながら、桐岡の頭に回した両手を支えにし、男根を中心に、自身の下腹を存分に差し込み、荒々しさも交えながら、思うがままに動かした。「俺の魔羅(まら)を蕩(とろ)かす、年期の入ったいい口だ・・・俺の専用の口にしてもいいくらいだ・・・褒美(ほうび)に尻(けつ)の穴もたっぷり舐めさせてやる・・・」 男はそう言うと、ズボンや下着を一気に下ろし、ベンチの端に両手を突き、張りも厚みも、これと言って老いの表れ…

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荻崎正広短編小説集 『果ての、始まりへ』

(第4回作品) 肌身(はだみ)の記憶へ、その向こうへ  桐岡(きりおか)は歩いて行った。十字路になっていた。その辺りは葉を落としていない木が多かった。直前まで右に曲がるつもりで、左に入った。ありふれたことだった。思いがけない展開になるかなと、そのたびに幾らかなりと懲(こ)りずに思ったりするものの、何があるのでもなかった。 道の左側のほうに建物が多く、右側には木々が多かった。桐岡は左寄りを歩いた。そのほうが、絡みたくなる男を眼にできる度合いが、幾(いく)らかなりと高そうに思えた。桐岡は歩調を落とした。右側ほどではないものの、ていねいに眼をやると、左手の家々にも、植物が少ないわけではなかった。 二階建ての青い建物があった。居住者がいるのかどうか、静まっていた。植物は少ないながら、庭もあった。二階で、人影が動いた。窓が小さめに開いた。「何十年も昔、俺の魔羅(まら)にむしゃぶりついた奴(やつ)だな・・・」男が声を投げ落とした。桐岡は立ち止まり、真っ直ぐ眼を向けた。記憶がうっすら動きかけたものの、しっかりした像には結び付かなかった。「部屋の中で、それとも外で・・・」と桐岡は言葉を投げ上げた。「林の中。水も流れていた・・・」一時(いっとき)間(ま)を置いて、男の声が落ちた。長い間には、多くの男たちと木々が茂った所でも交合していた。確かな記憶とは結び付かなかったものの、今は男の記憶のほうに自身を預けることにした。投げかけている男の目元に、遠目ながら、静かで哀しげな潤(うるお)いがあった。年は、八十を越えた桐岡…

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荻崎正広短編小説集 『果ての、始まりへ』

(第3回作品)  木の中の声   桐岡(きりおか)は立ち止まった場所から引き返した。道の端(はし)に丈(たけ)の低い木々が続いていた。結局いつも一人で歩いている。歩いていればいいのだと考えた。歩いていれば、どこかにたどり着く。どこにたどり着かなくても、自分を見離さなくてもいい、自分をどこかに運び続ければいいんだ。いつもと変わらない思いが浮かんだ。 どんより曇っていたが、雨は落ちていなかった。人通りはさほど多くはなかった。桐岡同様多くは一人で歩いていた。疲れたら道端のベンチに座ればいい、そう思いながら、立ち止まることなく歩いた。 左手に生える、周辺と同様さほど高くはない木の元に立っている男がいた。五十代ほどか。どちらかというと小柄に見えた。男は右手を木の幹に置いていたが、取り立てて何を見ているというふうではなかった。桐岡が好ましく感じる顔形だった。「この木が気に入っているようですね・・・」男にやや距離を置いた位置で、桐岡は声にした。男は桐岡に眼を向けたものの、無言のまま姿勢を変えなかった。表情も変わらなかった。 一時(いっとき)間(ま)を置いてから、「行くぞ」と男は小声で口にし、顔を軽く振り、道の前方に向けた。「この道はよく通るんですか」と桐岡はやや前を行く男に言った。男から声は返らなかったが、薄茶色のズボンを通して男の尻の筋肉がこりこりっと動くのが、桐岡の眼に入った。「見知らぬ奴(やつ)に声をかけることに慣れているんだな」男は歩幅を落とし、不意に言葉を口にした。桐岡は男の尻の辺りに投げていた視線…

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